先週のサロンデュショコラに続き、わたしもチョコレート関連です★
といっても、美味しいチョコレート屋さん情報ではなく、チョコレートの歴史についてお話しようと思います。
※諸説あるうちの一例です。
皆さんは“チョコレート”と聞いて何を連想するでしょうか??
バレンタイン?お口の恋人?フランス? etc…
きっと多くの方が漠然と“ヨーロッパ”という単語を思い浮かべたのでは??
ヨーロッパ産の有名なチョコレートは、日本人にも大人気ですよね。
わたしも大好きなので、ついつい食べ過ぎてしまいます…(苦笑)
そんなチョコレートですが、意外にもヨーロッパ発祥ではないのです…!
実は原料となるカカオ豆は、赤道付近の北緯、南緯それぞれ二十度の地域でしか栽培ができません。
では、どのようにしてカカオ豆&チョコレートはヨーロッパにまで広まったのでしょうか?
カカオ豆のヨーロッパへの伝来は、なんと16世紀後半まで遡ることになります。
現在のメキシコや中央アメリカ付近に存在し、繁栄したアステカ文明圏では、カカオ豆=お金と同等の価値をもつ貴重なものでした。そのため、社会的に権力をもつ一部の貴族層しか口にすることができなかったそうです。
当時は豆をすりつぶし、お湯に解いた液体状のものを飲んでいたようです。しかし、現在のように甘くて口どけの良いものではなく、酸味が強くザラザラとした舌触りだったとか…
やがて、スペイン軍によって帝国が滅亡します。その時期から、スペイン国内にカカオ豆がもたらされるようになった、と言われています。ヨーロッパでのチョコレート伝播の第一歩となったのです。
国内にカカオが流入して以来、スペインは自国の専売特許品としてカカオを扱うようになります。
また、スペインの上流階級層では、アステカで飲まれていたものに大量の砂糖&蜂蜜を加えて飲んでいました。砂糖も蜂蜜も高価なものだったので、やはりヨーロッパにおいても“ショコラ=高級飲料”といった印象だったことがわかりますね。
では、どのように広大なヨーロッパ諸国に広まっていったのでしょうか?
実は、王族または国家間の婚姻政策、そして経済政策がキーポイントだったのです。
フランスの場合はどうだったのか、ポイントに分けて見てみましょう。
1)婚姻政策
フランス最大の権力を誇ったと言われているルイ14世(Louis XIV, 1638-1715)に嫁いだスペイン王女マリー・テレーズ・ドートリッシュ(Marie Thérèse d’Autriche, 1638-1683)。
彼女は輿入れの際にショコラ専属の侍女を同行させ、しかもショコラ調理専用の部屋を設えさせるほどの熱烈なショコラファンでした。
※この王女、あまりにもショコラを愛しすぎていたため、ショコラに関する情報を求めて周囲の侍女たちを困らせていたと言われています(汗)
イラストはこちらより
2)経済政策
ショコラ大好きっ子マリー・テレーズとは引き換えに、ルイ14世はショコラが嫌いでした(汗)そんな嫌いな品物でさえ、国内の経済発展のために利用してしまいます。
さすが太陽王と呼ばれるお方です…!
時の財務総監コルベール(Jean-Baptiste Colbert, 1619-1683)が実施した重商主義政策の一環として、フランス西部の都市トゥールーズ(Toulouse)にショコラの製造および販売の独占権を与えました。
というのも、内水路が発達し、交易の中心地とされたこの都市は地中海と大西洋とを結ぶ重要な経路の途上に位置しており、スペイン国境やバルセロナ港にも近接していたからです。このように一都市にのみ製造、販売に関する独占権を与え、ショコラに精通した商人の育成、そして国家財政への還元を図ったのです。
やがて、この都市の持つ独占権や高額な関税を根拠とし、フランス国内のカカオ豆は高価格を維持することに成功します。次第に専用の食器ショコラティエ※を生み出すまでに、ショコラは貴族に浸透、拡大していきました。
※ショコラティエを持つ侍女
imageはこちらより(左図、右図)
フランスでは、花柄模様の陶器や磁器が人気を博しました。
これらの陶器の保有は権力の誇示に繋がり、新たな消費形態を作り出すまでに至ったのです。スペインからもたらされた貴族を中心としたショコラは、このようなフランス独自の文化を築き上げました。
ショコラは味よりも、その効能によってフランス貴族を魅了していました。
例えば、ルイ15世に最も愛されたと言われる、愛人ポンパドゥール夫人(Jeanne-Antoinette Poisson, marquise de Pompadour, 1721-1764)です。
彼女は極度の冷え性だったため、毎朝数回に分けてショコラを飲んでいたようです。その際、体質改善のためにバニラなどの香料を大量に入れていました。
バニラではないですが、シナモンパウダーを少し入れて飲んでみたところ、何とも言えない深みがでて美味しかったですよ!ぜひお試しあれ!
このように人気を博したショコラ飲料ですが、ナポレオン(Napoléon Bonaparte, 1769-1821)による対英戦争に伴う大陸封鎖や海上封鎖が起因となり、19世紀初頭にはその需要および供給が著しく低迷してしまいます。
この低迷期に飲料ショコラと固形チョコレートを二分する機械の開発が進み、成功を収めます。
1828年には、オランダのヴァン・ホーテン(Coenraad Johannes van Houten, 1801-1887)が圧搾機を開発し、これによりショコラ原液からカカオバターの抽出が可能となりました。さらには従来よりも油分の少ない粉末の精製をも実現させましした。
このような固形チョコレート製造の機器の躍進が、結果的に飲料の販売促進にも繋がったのです。
imageはこちらより
19世紀後半になると、チョコレート製造の全工程を機械が担うまでに進化を遂げます。
機械による大量生産は、このカカオ加工製品を廉価な食品へと変貌させます。同世紀末期における消費文化の大成が要因となったことがしばしば指摘されます。
特にフランス国内では、「古き良き時代」といわれたベル・エポック期(Belle Époque)に、資本主義の発展とともに中産階級が台頭し、大衆による消費文化が成立しました。
廉価で栄養価の高いチョコレート製品は、安心して子どもが口にできる間食として一般大衆の生活に浸透していったのです。
わたしたちの生活において、当たり前のように食べられているチョコレートですが、遡ってみると、意外にも深~い歴史があったのですね~。
チョコレートを愛した偉人たちに思いをはせながら、わたしもチョコレートを堪能しております(笑)
こんな内容を読んでみたい!などのリクエストがありましたら、どんどんお教えくださいませ!頑張って調べてみます!
ではでは、皆さまも楽しいチョコレートライフを!
A bientôt !
★参考文献★
1) 池上俊一『お菓子でたどるフランス史』、2013年、岩波書店
2) 武田尚子『チョコレートの世界史:近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』、中央公論新社、2010年
3) ジョエル・ブレナー『チョコレートの帝国』、笙玲子訳、みすず書房、2012年
4) サラ・モス、アレクサンダー・バデノック『チョコレートの歴史物語』、堤理華訳、原書房、2013年
5) Alfred Franklin, Le café, le thé et le chocolat (La vie privée d’autrefois : arts et métiers, modes, moeurs, usages des parisiens du XIIe au XVIIIe siècle d’après des documents originaux ou inédits. [13]), 1893, France
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